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連載 桑高百周年シリーズ 郷土史家 西羽晃(著)

桑高百周年シリーズ23
桑名市立高等女学校

桑名町立裁縫女学校・桑名実業女学校のことは当シリーズ5で書きましたが、その後は昭和10年に桑名町立の商工学校・青年訓練所・実業女学校が統合されて桑名町立青年学校となりました。うち実業女学校は青年学校女子部となりました。昭和12年に桑名町は西桑名町と合併して桑名市となったため、桑名町立青年学校は桑名市立青年学校と改称されました。女子部は昭和13年には独立して、桑名市立実科高等女学校となりました。

実科高等女学校本科の入学資格は高等小学校を卒業したもので、修業年限は2年でした。その上に補習科がありました。定員は本科200人(1学年100人)、補習科50人でした。1年生の志望者は76人、2年生の志望者は60人で定員割れで、全員が入学しました。しかし年を追う毎に志望者は増えて昭和17年の志望者は191人と2倍近くになっています。授業料は8月など全月休業の場合は無料、さらに出征兵士の家庭や戦病死した遺族の家庭は免除されました。

実科高等女学校になって、代数・幾何・教育・公民の科目が増えました。第1回生は修学旅行に四日市港からリオデジャネイロ丸に乗船して、東京・日光・鎌倉などを回りました。昭和13年に制服が変わり、セーラー服となりカラーに白線2本、スカートに黒線を付けました。

昭和18年には桑名市立高等女学校と改称され、定員も1学年150人となりましたが、志望者は264人に達しています。昭和19年には国民学校初等科(尋常小学校)終了者を入学資格とする第1部(定員200人・修業年限4年)と国民学校高等科(高等小学校)終了者を入学資格とする第2部(定員200人・修業年限2年)となりました。高等女学校となると、教養科目も増えて、外国語・地理・歴史など幅広くなりました。

定員増やその他の市立学校の増設を考えて、桑名市では昭和17年に矢田に約1万坪の用地を確保していましたが、戦争が激化してきて、校舎を建てる余裕もなくなりました。その用地に戦後は桑名市役所が建てられ、現在に至っています。

高等女学校になったものの、戦争のため充分な授業も出来ず、工場へ勤労動員され、昭和20年には校舎も戦災で焼失してしまいました。その後は第5国民学校(現益世小学校)に間借りしたり、東洋ベアリング青年学校を仮校舎にしながら、新しい校舎の建設を目指しました。しかし、昭和23年の学制改革で旧制中学校・高等女学校はすべて廃止となり、新制高校が誕生して、桑名市立高等女学校は桑名高等学校に統合されました。

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